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中村亮(なかむらりょう)プロジェクト研究員
専門は文化人類学。地球研プロジェクト「アラブ社会におけるなりわい生態系の研究──ポスト石油
時代に向けて」プロジェクト研究員。2008年から現職。
東アフリカ沿岸のスワヒリ海村※社会 では、イスラームと現地の信仰や慣習が融合した男子割礼(Jando)が広くみられる。「割礼」ときくと、貧弱な道具をもちいて、麻酔なしで子どものペニスの包皮を切除するという「野蛮」なイメージが先行しがちである。ところが、この儀礼のメインは、その後につづく、地域の大人たちによる子どもの「教育としつけ」にある。
子どもたちは、傷が癒えるまで親元をはなれた隔離小屋で集団生活を送る。そこで成人男性から、その地域の教えが凝縮された「割礼の唄」を習うのである。ここではタンザニア南部のキルワ島(人口1000人足らずの小さな島)の男子割礼について紹介したい。
収穫作業が終わったある日の早朝に、森の中で、子どもたちの包皮切除手術がおこなわれた。筆者は幸運にもその一部始終を観察することができる機会に恵まれた。あっという間に手術をこなす施術師の技や(13人の包皮切除をわずか20分ほどで終えた)、それに耐える子どもたちの気丈な姿に感動するとともに、この儀礼が唄に満ちあふれていることに驚かされた。母親も父親も、施術師も、老若男女問わず島中の人びとが、子どもの無事を祈って、また、子どもに島の伝統を教えるために歌うのである。唄の数はこれまで筆者が確認しただけでも50首ほどにのぼる。
子どもたちは隔離小屋で、朝から晩まで事あるごとに唄を歌わされる。起床時、就寝時、空腹時、配膳時、食前、食後や、訪問者を歓迎するときなど。その折々で歌う唄は決まっている。小屋を訪問する大人は自分の知っている唄を子どもたちに教える。子どもたちは覚えた唄を親元に帰る日のお祭りで披露し、みんなから祝福を受けるのである。
唄には、男子割礼の内容、イスラーム、性、秘密(呪術)などについての教えが、島特有の事象をもちいて隠喩的に込められている。外海をゆく木造帆船のダウ船は隔離小屋を、タコの生態を熟知したタコ漁師は知恵者を、打ち寄せる波は性行為を、危険なサメは呪術師を指す隠語であったりする。
このような暗号めいた唄を、子どもから大人、老人までが共有することで世代を超えた連帯意識が芽生える。さらには、唄の知識を多く所有する年長者への尊敬の念も生まれる。また、一緒に割礼を受けた子どもたちは「割礼組」となり、生涯をつうじて強い仲間意識で結ばれるのである。
民俗学者でもあったケニア初代大統領のケニヤッタは、著書『ケニア山のふもと』(理論社、1962年)のなかで、成人儀礼による教育が社会の統合や秩序形成に大きく貢献していることを指摘している。それはスワヒリ海村社会における男子割礼についても同じである。
キルワ島のような地域をあげた盛大な男子割礼が、今もスワヒリ海村社会にひろくみられるかというと、そうでもない。多くの地域で、施術師による包皮切除は病院での手術にとって代わられた。そのような地域の子どもたちは隔離小屋で集団生活をしなくなり、割礼の唄を覚える場所も、割礼組をつくる機会もなくしてしまったのである。
キルワ島でも近年、病院で包皮切除手術を受ける子どもが増えてきた。手術の危険が減ることは喜ばしいが、それと引き替えに、割礼の唄に代表される地域共同体による子どもの「教育としつけ」の文化がなくなってしまうことはもったいない。さらに言えば、割礼の唄や割礼組がなくなることによって、年長者への礼儀や尊敬の念、世代間の統合、仲間同士・地域間の助け合いなどの精神が薄れてしまうかも可能性もある。子どもたちが割礼の唄を歌わなくなるということは、地域共同体の力の減少を象徴することなのである。
朗報が一つある。それは、私に唄を教えてくれていた島の友人が、割礼の唄を次世代に残そうと、古い唄を老人から聞きだしては子どもたちに教えはじめたことである。キルワ島の教えがつまった「割礼の唄」は、彼の頑張りによって、今後も島に受け継がれてゆくだろう。
【割礼の唄の例】
1.割礼の参加者の役割をあらわした唄
Wali kuimbeni kuimbeni sana
子どもたち歌いなさい、よく歌いなさい
Mokenda kwa mama zenu
割礼が終わってお前たちが母親のところに戻ったとき
Watakulizeni wanangu mliku wapi ?
「私の息子よ今まで何処にいたのか?」と聞かれるだろう
Tulikwa ndoba, tulikwa kakumbi
僕たちは隠れ家にいた、僕たちは隔離小にいた
Kakumbi chana mwaka cha tukumba marundi
僕たちは長い間、隔離小屋にいました
Kaja ngariba katukata kata
割礼師がやってきて僕たちを切った(包皮切除)
Kaja nakanga katuganga ganga
世話人代表がやってきて僕たちを治療した
Waja warombo watuchapa chapa
世話人がやってきて僕たちを叩いた(しつけ)
Hatukwanza sisi walianza wazaman, na sisi tukafuata
割礼は私たちが始めたのではなく昔の人が始めた、私たちはそれにならっているだけ
2.隔離小屋を訪問する者が入り口で歌わなければならない唄
Kidaudau cha mwali npita mkereza
小さなダウ船(kidaudau=隔離小屋)に私は立ち寄って子どもたちの様子を伺います
Msukosuko wa wimbi na maji yakiingia
小さなダウ船は波が荒れて危険な状況、さらに浸水が始まればもっと危険になる
Ukisikia mfa maji, nija kwalola
もしあなた(子どもの母親)が「水が死んだ(子どもの傷が癒えた)」と聞いたら、私が隔離小屋へいって子どもの様子をみてきます
※海村 海辺の生活は漁業だけではなく、農業、林業、製塩業、交易など複合的な生業によって成り立っているのでここでは「漁村」ではなく「海村」とする。陸と海の生業が結びつくことによって海村社会の生活が成り立っているという視点が、人と海環境との持続的な関係を探るうえで不可欠である。
お披露目のお祭り会場まで行進する子どもたちの頭上には、顔を隠す布がかけられる。先頭に立つのは一番に割礼を受けた子どもの父親
割礼を終えた晴れ着姿の5歳の子ども。初等教育が義務化されたことにともない、入学前に割礼を済ませようと割礼を受ける子どもが低年齢化した。かつては10歳から14歳くらいの子どもが参加する儀礼であった
お祭りでは、寝ずの番で子どもたちを見守った世話人にお布施がおこなわれる。世話人は投げ出した両足の間に布を敷き、そこにお金が投げいれられる
キルワ島はタンザニア南部のインド洋に浮かぶ人口1,000人足らずの小さな海村である
この原稿は、編集部転載許可のもと、ニュースレター「地球研ニュー ス No.25」掲載原稿を執筆者により加筆いただき、転載しています。
