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「ぼちぼちと京都」エコラム執筆者トークセッション その3

トークセッション2部 「あなたの仕事、暮らしのものさしはなんですか」


 これからの社会は、エネルギーやごみ、資源の問題について考えざるを得ない時代です。そのなかで、今までのような考え方や価値観、いわばものさしでは暮らしていけないのではと、懸念されます。
4人のパネリストの方々が、どんなものさしで生きられているのかをお聞きしました。

 

●二方向持つ、二兎を追うことで見えてくる世界がある(塩見さん)
 この10年ぐらい考えてきたんですが、僕のものさしというのは、大和言葉でいう、「たね」なんです。野菜や植物の種(種子)ですね。大和言葉で「たね」とは、「ね」は根っこ、ベーシックというか、根源的なところをさします。持続可能性とか安心・安全とか、いのちとかいうのが根っこです。それが分母であって、その上にある分子の部分は何かというと、「た」の部分で、「たね」の「た」とは、「たかく」「たくさん」ということらしいんですね。確かに野菜の種を播けば、土中に根っこを張っていく。それから空に向かって芽を出して、花をつけ、種子を次世代に命をつないでいきます。大地に根っこをしっかり張っていくという方向と空に向かって創造性豊かに自由にひろがっていくという方向。この二方向あればいいんじゃないかなというのが僕自身の考え方です。「半農半X」というのも同じで、根っこを大事にしながら、与えられた天与の才を世に活かすという考え方です。いま日本人というのは「根なし草」とかよく言われますね。やはり根っこがあることがとても重要です。みんなほんとにすごくいいものをもっています。それは人間だけじゃなく、植物の枇杷(びわ)も梅もゴマもすべての植物もすばらしい力をもっています。与えられた才能を独占せず、死蔵せずに分かちあったり、みんなでコラボレーションするような広がりとか、が大事かなと思います。植物の「たね」というのはすごく大事なことを教えてくれているなと思っています。ということで、僕のものさしは、「た」と「ね」、「たね」ということです。
 
 いま僕の娘は小学6年なのですが、国語で宮沢賢治を習っていました。宮沢賢治は農学校の先生のころ、こんなことを言ったそうです。農業の「農」という漢字を見てください。「農」という字の上の「曲がる」という字は、大工さんが使う「曲尺(かねじゃく)」を表しています。曲尺というのは一度に二方向測れるものさしです。農の下の字、「辰」というのは、時とか自然とか時間の流れを表しているそうです。賢治は「農」というのは、いろんな角度から自然を観察したりして、自然の変化に敏感になりなさいと言っていたようです。曲尺は二方向測れる。半農半Xとは、小さな農(自然と折り合うこと)と天職(何のために生まれてきたかということ)の2つの観点から人生を模索することかなと思っています。台湾で出版された『半農半X的生活』の副題は「従順自然、実践天賦」です。自然に従順で、天賦の才を実践する。この二方向を持つのがなんかいいのかなと思っています。「半農半X」というのは小さな農をベースに天職に生きることです。二兎を追う者は一兎をも得ずじゃないかと質問する方もおられます。でも、僕にとっては、その二つ方向があるからこそ見えてくる世界、地平があるのかな、と思っています。

 いまみなさんがされていることは、たぶん天職に限りなく近いと思います。明日、辞表を出したりせず、がんばってください。今いる場所や仕事を工夫し、好きになり、そこを掘るといいと思います。今やってることをひと手間かけたり、一工夫し、好きになることって大事です。日本人は「工夫」をしてきた民族だと思うんです。工夫を重ねて、創意工夫し、温暖化しない方向に向かっていけばいいなと思っています。根っこがあること、それから「た」という翼があること、クリエイティビティとか創造性を発揮すること。この2つを大事にしてください。僕はできれば、ここにいらっしゃる方々といろいろコラボできたらと思います。1人、年間、3つのコラボしたらどんな世界になるだろうと思っているんです。今日も初めて出会った人がいっぱいでしょう。出会いをデザインし、いろんなコラボが日本中で、世界中で生まれたらいいし、コラボをデザインできていないのはもったいないな、と思います。根っこを大事にしながら、多様なコラボを創造する。これからはそんな時代です。ぼくもそんな生き方をもっとしていきたいと思っています。

 いまはとても多忙社会です。ほんとうに大事なことをするためには、何かスローダウンしたり、やめたり、引き算が大事です。何かを得るためには何かを捨てることも大事ですね。何でも手を出さずに、いまこれを自分がなすべきだと思うことに集中したほうがいいと思います。


 

●あたらしい経済:小さな家計と物々交換(上世屋・坂田さん)
 私は主婦をやっておりますので、やはり家計経済のことが私にとっては重要なことです。上世屋に来て7度目の春を迎えました。それまでは7回ほど仕事の関係でぐるぐる瀬戸内地方を転勤した後、上世屋に落ち着きました。ほとんど二人だけの生活で、ずっと家計簿をつけていたんですけど、経済がうんと小さくなりました。それまでの4分の1ぐらいの生活を今はしております。それを、もっと小さくするのが夢なんですよ。小さく小さく家計簿をつけて、1年間〆るのがすごく楽しいです。大きくなると、すごく自分に嫌悪感で「なんでこんなに使ってしもうたんやろ」と、ちょっとイライラするときもあるんですけれども。

 上世屋にいると、物々交換もよくできます。いただいたものを加工して、「こんなんなったよ」って持って行くと、おばあちゃんたちは若い人が食べる加工品っていうのはあんまりつくられないからか、すごく喜ばれます。そしたらまた、たくさんいただく。そういったことがたくさんあるので、やはり田舎は、人とのつながりがとっても楽しいんですよね。実際「おいしく食べてもらっているのかな」とちょっと疑問に思うときもあるんですけど、それでもまた「この前つくってくれたのまた今度もつくってや」、と言ってくださるときもあるので、それも楽しみにそういった人とのつながり、輪っていうのを大事にしてやっています。

 いますごく経済状況がたいへんな時代ですけれど、上世屋みたいな田舎のところに若い人が来て仕事がないのは事実です。ただ、休耕田がいっぱいあるので、そこは耕せば食べるだけは食べていけるのにな、と思ったりするんです。緊急雇用とかでお金使わないで、あの野宿なさっている人なんかでも上世屋にバサッと連れて来て、休耕田を耕していただいて、たとえひとりでもいいからそこに定住してくださるような方があったらいいのにな、と、いつも休耕田見るたびにそう思います。しかし今は空家はありません。
 わが家は、主人はぜんぜん土いじりができず、二人ともすごくヘビが嫌いなんです。「ヘビが嫌いなのにどうしてこんなとこ来たんや」といちばん初めの集まりのときに言われたんです。私、蕗採りするんですけど、蕗採りしたときにマムシに咬まれたというのを聞いてから、ちょっとなかなか遠慮がちになってしまって、蕗採りできなくなってしまったりするんですけど。

 

●物々交換は田舎ではよくあること
塩見さん:うちでも、誰が置いてくれたか分からないものあります。向こうも別に名乗らないですし、僕だよ、みたいなそんなけちなことをいちいち言わないですね。ふつうだったら言いますよね。僕だとかね、村の人言わないです。すごくそういう与える精神がやっぱりあるなあと。
上世屋・坂田さん:そうですね、集落によるのかも分かりませんけど。世屋の五村の人はみなさんそうですね。エコラムにも書いてるんですけども、逆に、あの方かな、と思っても「ありがとう」って言えないんですよね。先日なになにありがとう、って言ってもし違ったら困りますから。

隅岡さん:うちも地元の者ではなかったので、よくもらえます。先日もちょうどよもぎ餅を隣のお家が搗かれたんですけど、それを「去年の冷凍やけど、搗いたし」っていただきました。ほんとにちっちゃいときから、近所のおばあちゃんたちからお野菜をもらったり、それが当たり前に村の人たちはやってはります。うちはたまたま何もつくっていなかったので、たぶん地元同士が同じもんあげても困らはるっていうのもあるようです。最近はもう松があまりないのでいただかないですが、ちっちゃいときは松茸をいただいたりしていました。お野菜でも、やっぱり一時期に穫れすぎるんですよね。それをいただいたりするのが、嬉しいですね。隣のおばちゃんは、野菜は買ったことないという感じですが、それがまだ残っているというのがよくって、ほんとにこれは残していかないとなと思っています。

 

●物々交換の裏側(蒲田さん)
 これが逆に都会のマンションに白菜置いてあったりするとこわい。家に置いてあっても毒ない野菜だし、地域のコミュニティとか顔が見えて生活が見えているから誰かがくれたんだというやさしい部分があるんですけど、どうしても都会だと、プレゼントやいらへん野菜がノブのとこかけてあったら怖いと思う。それだけやっぱり人間不信というか、人とのつながりが村とか地域ではやっぱりできているんだろうなと思いますね。
 ただ、物のやり取りをするのが絶対に全部がいいことかというと、そうではない。お百姓さんが野菜をつくって生計を立てているのに、物々交換するということは、つくっている人は売れるところがないということなんですよ。JAに持っていくしかないけど、JAに持って行くと規格にあっていないとか、何が悪いとか安く叩かれる。そういう流れが丹後のほうでもあります。いい水菜ができても、なかなか地元に売れないという声もききます。フードマイレージだとかいって地産地消をうたうなかで、野菜がなかなか畑から一気に自宅まで売れないのか、という問題を僕も考えています。農家の人たちはつくるのはうまいんだけれども、売るのがへただなんていいながら、公民館で農家の人といろいろ営業について話すんです。でもやっぱり地元のふつうの人はもらうから買わない、季節もんは買わないという人がけっこう多くて、つくっているのに販路がないからJA持ってかなあかん、でも安くしか売れないからつくるのを減らそう、後継者もなかなかいない、という悪循環が、実際、地域で起きています。
 やさしい文化、顔が見える文化のなかに、裏を返せばなんかそういうのがあって、得した感があるんだけれども、つくっている人は逆に売れないから困っています。「そんなもん人にむやみにやたらやるから、わしの野菜売れない」と、農家の人の実際にそういう声もあります。そういう野菜にいかに販路をつくっていくかというキーワードで、バイオディーゼル燃料をつかった農業で、トラクターを貸して付加価値をつけて、なんかそういうもので売っていこうということで、いまやっています。

 

●語ることがアクションにつながる(蒲田さん)
 あと5年か10年すると、けっこう環境問題って当たり前になると思うんです。いまここに来ておられる方、小学校のときリサイクルとか習ってないと思うんです。でもいまの小学生とか中学生も学校の授業で覚えているので、リサイクルが当たり前の社会がもうそこまできているはずなんです。でもわれわれはそれを勉強したり情報を共有したりして、語り部で伝えていかなあかんのですよ。伝えて、「あ、そこには感銘した」とか「それなら私もできる」っていうところをどんどんいろんなところでしゃべって、それを聞いていただいて、家に帰って私もこれならできるというとこから始めていただけたらいいですね。そこからまた人がつながって、その地域に行ってみたいなとなりますし、その町からでていろんな所で町とか地域の自慢や、やっていることを語り部的にしゃべっていかないと、だめかな。それをあと5年ぐらいしてくると、いろいろアクション起こしてくる人がどんどんでてくると思うんです。

 「温暖化」だけ言ってやっていてもだめで、行って見たり、感じたり、ライフスタイルもある程度変えてもうあと一歩進めて、次のステップに入らないとだめなんかなと思っています。やっぱり自然とか、食材とか、つくり手とか、水とか、山とか、もともとあるもんのありがたみを感じないとだめなんかな、と。丹後半島でも、赤松なんかほとんど病気で枯れています。酸性雨か温暖化の影響かっていうところで、山が死んでいってます。天の橋立の松並木の松もマツクイムシだとか台風とかでやられていす。これから観光地としてどう生きるかというなかで、地元の人たちも観光協会はすごく考えていますが、新しい策を見いだせないんです。で、行政に頼りますが、行政もなかなか新しい知恵はでてこない。それがいまの現状で、厳しいんです。それを知ってもらうには、知ってもらったり見てもらったりここでこうやって聞いてもらうことが、ここは今日出会えたことが人のつながりのまた第一歩です。で、それが人を動かすんだろうと思います。今日のみなさんが言葉を感じて動いてもらうということが、アクションにつながって、ひとりでもほんまもんの人がどんどんでてくると、やっぱりどんどん変わってくるんかな。それが「感動」です。先ほど言われた地球に生かされているとこにもつながるんだな、というふうに思うんです。一億円積まれて金持ちになれいうても金は絶対減ります。でも心の達成感いうのは一生もちますから。そして、それをこうやって話ができます。そうするとやっぱり語り部的に伝えなあかんと思います。

 話は変わりますが、今卵かけごはんセットで800円もするんですよ。つくり方をこだわるから、ストーリーがあるから、食べてみたい気になる。それをどう伝えたり聴覚嗅覚とかから宣伝していって、ここ丹後まで足を運ばすかかが重要です。そういうものをわれわれが語り部として言わなだめですね。丹後には肉はないですが、野菜や卵や醤油はあります。いい塩もあります。魚もあります。そのなかで、いかにその食材を地産地消でPRして地域を活性化していくかっていうたら、やっぱりいいものを素朴にだせる戦略、取り組みが必要です。

 

 ●未来につながる仕事(蒲田さん)
 子どもが小学生の時が、私の転換期で今の事業を始めましたが、嫁さんが言うたのは、「天ぷら油集めててご飯食べれる?」と。「子どもに絶対学費が要るのよ、電気代は絶対基本料金払わんなんならんのよ」。理論とか理屈じゃないんですよ。やっぱり今月末の引き落とし、学校の食費なんです。そしてどんどん活動広がると、「広がったってお金儲かる?」。でもいろんなお百姓さんとかが野菜を分けてくださって、「今日白菜もらってきた」「白菜と何する」「鍋する?」「他に何入れる?」「ちくわ」。僕らはちっちゃいときカレーライスのなかには肉じゃなくはんぺんが入っていました。カレーのルーでご飯をいっぱい食べたとか、ちりめんじゃこだけでご飯食うとか。いろいろ大変でした。そういう生活をしていました。
 僕は今でも言われるんです。「それやっとってめし食えるんか」と。いまそういう何千万の機械が家にできて、ものを行政的に売るようになったときに、「うまいことやったな、もう不景気ないだろう、お前のとこ」とそういう言われ方をします。でも実際にそれが儲かるかと言ったら儲かりません。僕は、それがちょっとでも雇用につながる仕組みづくりをして、環境NPOとして成功しないと次が続かないと思っています。次の人材を育てるのが今は楽しみで、子どもの夢を、「やったらできるで」とか「おっちゃんはな、天ぷら油でこんなのだぞ」とかいうのを教えるんです。ひとりから始まったことがいまこうだぞ、とか、天ぷら油を集めて首相官邸まで行けたんやで、と。それも出会いがあったからですし、「継続は力なり」というのもあります。そのなかで連携っていうのが絶対キーワード。今後、都会と田舎をつなぐ人とか。そういうのが絶対必要になってくるでしょうね。

 

●つながりが新しいものさし(司会齋藤)
 お金にあんまり引っぱられると大変なんだけれども、でもそれなしでいけるかというとそうでもない。生活していくなかでそんなにお金かからないのがいいのは決まっていて、そうは言うてもぜんぜん要らないわけじゃない。そのラインが難しいですね。どうやって稼いで楽しく生きるのかというところはすごく難しいなと思うんです。
 確かに田舎って経済状況が厳しいと思います。ただ、都会はお金がないと生きていけないということが結構多いのかなと思ったりするんですが、お金が少なくてもやってけるのが田舎というか農村のいいところなんかなと思うのです。もちろん、そんな甘っちょろいもんではないと言われたら確かにそのとおりだとも思うんですが。やっぱりご近所であったり地域の力というんでしょうか、いろんな方向をもった人たちとのつながりですね。小さな話だと、大根もらうっていう話になるかもしれませんし、一緒に仕事をしていくなかで、じゃおれそれ引き受けるわ、というふうな働き方かもしれませんが、つながりのなかでやっていけるというところがひょっとしたら、お金とはまた違う尺度、一つのものさしなのかな、と今日聞いていて思いました。
 

会場からの質問1

みなさん方は、たぶんつながりがあった地元に戻ってらっしゃる感じがしたんですけど、上世屋の坂田さんだけはIターンと書いてあったので、なぜそこを選ばれたんでしょうか?

上世屋・坂田さん:私が行く7年前に姉がちょっと山歩きが好きでうろうろしてて、それで上世屋に住みたいということで、私が行く前から、今から15年ぐらい前に姉が住んでたんです。それで探しているんだったらと、世屋をいろいろ家探ししてくれて、それで上世屋になりました。いちばん始めは上世屋のお寺に住むはずで、そこに住んだらいいって村の長の方たちが集まって決めてくれはったんですけど、ちょうど引っ越ししますっていうときにそこが雨漏りしちゃって。で、雨漏りするようなところはやっぱりちゃんと修理もしないといけないから貸せないということで、ほかの古民家のところをお世話してもらいました。
 

会場からの質問2 

おすすめの本を一冊ずつ教えてください。

塩見さん:ぼくは岩波文庫の内村鑑三さんの『後世への最大遺物』という本があって、それに書かれているのは、われわれは何をこの世に残しておこうか、死んでゆこうか、お金か、金か事業か思想かという、そんな本があってそれは明治20年代の講演録なんですけど、僕は28歳でその本を読んだときにたいへん影響を受けて、内村鑑三さんは33歳でその講演をされていたんですけども、その33歳となったのでフェリシモを33歳で辞めました。人生の締め日の一つが33歳なんです。

上世屋・坂田さん:私は結婚してから「友の会」という婦人のグループに入っていたんですけど、自由学園創設者の羽仁もと子さんの著書を、みなさんが読むんですけどね、それの『家事家計篇』がだいたい自分の生きる指標になっていましたので、それはみなさんにおすすめしているんです。

隅岡さん:私は料理をつくっているので、料理の本を。クリスティーナ・ターナーさんという方のマクロビオティックという料理の仕方の本である、『セルフヒーリング・クックブック』です。もう一つは、重ね煮料理、船越さんといわれる方が書かれている、陰陽料理の『わらのごはん』という本がありまして、その本も素敵なので、もし料理をつくられるときにぜひどうぞ。

蒲田さん:おすすめの本はないんですよ。基本的に本を読むのが嫌いで、なんか情報を聞くと現地に行って現地の人としゃべるんです。そこで学んで自分で感じるんです。本は読んでそこにその世界に入るという部分もあるんですけど、僕はどっちかいうと全部ライブ的にやっているっていうか。すいません、おすすめの本はないです。

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