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「ぼちぼちと京都」開設記念ミニフォーラム その2

「なぜ有機農業をやろうと思ったのか?」 田中真弥さん


■「なぜ有機農業をやろうと思ったのか?」

みなさん、おはようございます。まず、自己紹介をさせていただきます。現在44歳、京都市の南区上鳥羽というところに住んでおりまして、久御山町の畑で、農薬・化学肥料を使わない農業をしています。
なぜ農薬や化学肥料を使わない農業をしたいと思ったか、その経緯をお話したいと思います。

 
私、以前は自衛隊にいました。北海道の自衛隊にいたんですけども、それはなんでかといいますと、私は高校を卒業して、2年間父と一緒に農業をしたんですが、どうも父親がやっている農業が、自分がやりたいなぁと思っている農業と違う!という感じを受けまして、一度親元を離れてみたいなぁと思いました。そして、あこがれでもあった広い広い大地での農業も見てみたいなぁと思って、手っ取り早い方法で自衛隊に入隊して、任地を北海道に決めて北海道に行きました。
その北海道での体験というのが、今やっている有機農業といわれる農業にだんだんからんでいくわけです。

 

■北海道の森で感じた自然の心地よさ

自衛隊の駐屯地の裏側に演習林がありまして、その演習林が、シラカバとか、トドマツやエドマツ、そういった木が生えた、まさしく“北海道の森”という感じでした。そういう森の中に入って仕事をしているときの気持ち、心地よさ。仕事で入っているのに、森の自然の中に身を置くというのが自分にとって心地いいなぁという感じがしました。
そういう心地を振り返ってみると、自分が子どもの頃、父親・母親の仕事を手伝いに行って、休憩するときに畦に座って青田を渡ってくる風に吹かれた心地よさと、ふと一致しました。こういう自然の環境の心地よさを感じながら仕事をすることができないかなぁ、というのが有機農業に行き着いたそもそものきっかけになります。
父親は農薬を使いながら仕事をしていましたけど、背中に背負う農薬のタンクから農薬が漏れて体についてかぶれたりもしまして、これはいいものじゃない、体にとって悪いものだというような実感もありました。
こういうことがあって、「自衛隊を辞めて帰った時には、農薬を使わない農業がしたいなぁ、たぶんこの農業をやったら父親も喜ぶんじゃないか」、と思って家に帰ったんです。


■できるのか!? 農薬を使わない農業

帰って「俺、農薬を使わへん農業するわ」と父に言いましたら、大反対されましてね。「農薬を使わずに野菜ができるわけないやろ!」です。危険性はわかっているにもかかわらず、そこから離れられないという農業の現実もあって・・・。そこがなんとかならへんかと。
誰しもが農薬を使って野菜を作りたいと思っているわけではないと、常々思ってきたんですが、それなら自分が農薬を使わない農業をやってみようと思いました。
けれど、自分に農業に対する技術も何もないというところで、親父に反対されました。
やっぱりこのまま頭でっかちのままでは、農業はできないだろうなと思いました。そこで、自分の体力と気力、運を試してみるために、自衛隊をやめて京都に帰る時に、北海道から京都まで歩いて帰って来ることにしました。


■自然のスピードを実感した宗谷岬から京都、晩秋の中の「徒歩の旅」

農業の原点でもある「農薬を使わない、化学肥料がなかったころの農業」を、旅の原点である「徒歩での旅」で体感することができるんじゃないかなと思って、宗谷岬から京都まで歩くことにしました。
1日で平均35kmぐらい歩いたんですけれど、やっぱり大変つらいもので・・。体が慣れるまでは、肩も痛くなるし、足首、ひざ、股関節、いろんなところが痛くなって、これはなかなか大変なものやなということを実感しました。それでも、1週間ぐらいすると体が慣れてきました。1時間に7kmぐらいのペースで歩けるようになってきて、ひょっとしたらある程度のところを乗り越えるとだんだん進めるようになるのかな、と思っていました。
今日のテーマの環境を考えるということで考えてみますと、私が北海道を出発したのが10月5日です。10月5日は北海道では晩秋に差し掛かっていて、紅葉が非常にきれいで、初霜が降りたりする、そういう時期です。約50日かけて京都に歩いて帰ってきたんですが、50日間ずーっとその晩秋の中を歩いて帰って来たことになります。
青森県でも秋田県でも、非常にきれいな紅葉を見ながら帰ってきた。新潟県、富山県、滋賀県に入ってもきれいな紅葉が続いていました。京都に到着したときはちょうど今時分です。紅葉の真っ盛りのときでした。車や飛行機なんかではひとっ飛びでぜんぜん季節の違うところに行ってしまうと思うんですけれど、歩く速さがちょうど季節と一緒やった。人間の本来持っているスピードっていうのは、やっぱり自然のスピードなんやなと実感しました。
今、私も農業をやりながら仕事に追われ、子育てに追われ、しています。時間に追われている中でどうやって効率よく、どうやって早くと、いつも思います。けど、ふと時々は自然のスピードに帰る、それが環境のことを考えるのに何よりも大切なのではないかと思っています。


■野菜づくりで感じる「生きている感覚」

農業もそうなんですが、土に種をまいて収穫できるまでの時間っていうのは、どんなに手入れをして手間がかからないようにしていても、やっぱりある程度時間がかかります。その時間を短くしようとすると、いろんなところでエネルギーを多用しなければなりません。
最近、野菜工場というのが注目されています。人工照明で気温を一定に保った所、外気にさらされない「クリーンルーム」というところで野菜を作るわけですね。そうすると、畑で1ヵ月かかる野菜が3分の2とか半分とかの時間で作れてしまうわけなんです。でもそこに生き物としての価値があるのかなと、ふと疑問になることがあります。
やっぱり、風に吹かれて、きつい雨にも叩かれ、日光にも当たり・・・。日光というのは健康的なイメージもありますけれど、そこに紫外線も含まれています。そこから身を守ろうとする野菜の力が野菜に生命力を与えてくれるんじゃないかと思っています。その生命力こそが、ひょっとしたら野菜が持っている栄養以上に大切何じゃないか。そんなことを自然の中で仕事をしていると思うわけです。

果たしてそういう生命力、生きる力っていうものが野菜工場で生まれた野菜にあるのかどうか。それはなかなかわからんことではありますけれど、人間が生きもんである以上、お日さんの光で育った野菜が食べたいなって思うのが自然な感覚です。その自然な感覚を持っていること自体が、人間が生き物である証拠であると思うし、そういう感覚を非常に大事にすることが、ひいては環境を大事にすることになると思います。
畑で仕事をしていますと、これからだんだん寒くなってきます。雪も降ってくると本当に手が冷たくって動かなくなるようなときもあるんやけど、そのときって「冷たい、痛い」と思いながらも「これって生きてることなんやろうな」と思う。常に一定に保たれた気温の中で快適に過ごしていたら、ひょっとしたらその“生きている感覚”自体もなくしてしまうんやないかな。そんなことも思いながら畑で仕事をしています。


■目線を変えて、日々の暮らしの中に楽しみを

とりとめない話になってしまうんですけど、写真を見てください。

 
これ私の一番下の娘なんです。私は子どもが4人おりまして、少子化対策にも貢献しているんです。
こんな風に子どもを畑に連れて行って、なるべくこういう仕事をしているんやということを見せたりしています。土をいじるということは、どんな子どもでも大好きだと思います。服が汚れるとか、そういうことを言わずに、土があったらじゃんじゃん遊ばせてやりたいと思います。

 

これがね、畑の水菜の中に卵を産んだヒバリ。それがかえって2週間ぐらい経ったところなんです。
農薬を使ったりしているときはね、目線が土に近くなかったということもあって、いろんな生き物が土際にいることがわからへんかったんですけど、農薬を使わないようになったおかげで、目線が低くなるというのか、腰が低くなるというのか、いろんな生き物を目にすることが多くなりました。


これは何かわかりますか?
これね、ジャガイモの芽なんです。ジャガイモからこんなに芽が出てしもたら食べられないから、何気なくポロッと折ってほかしてしまうところなんですけど、ふと見るとものすごい面白い形をしててね。
いつも30倍程度のルーペとか顕微鏡を持っているんですけど、ジャガイモだけじゃなくって、ダニとか、目に見えるか見えへんかぐらいの小さい小さい昆虫でも、それでちょっと観察してみるとものすごい面白い景色がありまして・・・。農業を営んでいると、そういうのが日々あります。農業はなかなかつらいこともありますが、そういう楽しみも持ちながら仕事をしているところです。

 

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