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Vol.001泥の河・蛍川

泥の河・蛍川

10-FEET
TAKUMAさん
京都出身のロックバンド「10-FEET」のヴォーカル&ギターをつとめる。
ライブ活動と音源リリースを中心に海外にもその活動範囲を広げている。

●10-FEET公式ホームページ>>http://www.10-feet.com/
書名/
泥の河・蛍川
著者/
宮本輝

僕はそんなにたくさんの本を読んだ事は無いですが、読んだ数少ない小説の中でも宮本輝さんの「泥の河・蛍川」がすごく印象に残っています。

昭和30年頃の話だったと思うのですが、情景描写がさりげなくもリアルで、たくさんの人が読んだとして、その情景を絵に描いたら、皆同じようなものを描きそうでなりませんでした。そして浮かぶ情景やその世界感というのは素朴なもので、余計なものが有りません。

より味があり深みのある人間模様と情景描写を生み出すには、近代的なモノや便利だったり手軽なモノが存在すると、その情緒は薄まるのではないだろうか?

読み終えて月日が経ち、「エコロジー」というテーマを持ってこの文を執筆するにあたり、初めて思った感想ではありますが、日常生活に於いても携帯やテレビやインターネットというモノが大切な何かを省略してしまっているようでなりません。そしてそれらによって、より複雑で難解で刺激的なモノでしか感動できなくなってゆく様な気さえする瞬間が稀にあります。

自分の心そのものを敏感でいさせるために免疫をたくさん作らない様にする。そんな「引き算」の様な幸せ。
より見たことの無いもの、刺激的な事、より大きな何かを探し求めてゆく「足し算」の様な幸せ。

メディアはいつも、ビジネス、競争、便利さ、手軽さ、安さ、そういった人間の表面上にいつもある小さな欲に働きかけ、スピードと利益に優先順位を置いて発信する事が主だと思います。

携帯がなければ相手の声はもっと愛しく嬉しいモノになり、写真がデータで送れなければ再会はもっと心を打ち、メディアが無ければ人々は今在るモノをアイデアで生かし「足し算」の優先順位は下位になるのではないだろうか?

これは非常に極端な話ではありますが、僕の友達に携帯を持たない、持ったことが無い人が居ます。
それによって彼は愛しさや暖かさや懐かしさがもたらす人間の嬉しさや感動をより深く大きなものに、いや、本来あるべき形に出来ているのかもしれないとさえ思う時があります。

携帯電話だけに限らず、人々がテクノロジーの道を歩みだした事によって本来在るべき環境を変えたり失ったりしてきたものモノは地球の環境だけでなく日々との心の大地をも荒廃させてしまった所があるかもしれない。だからと言って自分を含め、全てをより自然なモノにするには現実的にいろいろ問題が生じるでしょう。僕だって携帯電話を今すぐにやめる事になったら随分な説明や説得や協力が無いと無理だろう。

より大勢の皆がより幸せに生きるためのより良い価値観と心のバランスと知恵が必要だと思います。そして地球そのものにも同じ様な事が言えるのではないだろうか?

バランス、、、手軽さ、便利さ、そして本当の感動と幸せとはなんだろう?

●MTV-think loud 10-FEETと京都府の関わりのきっかけとなった番組
http://www.mtvjapan.com/special/eco/eco-blog/archives/2008/03/_by_10feet_1_1.html

●MTV-think loud番組ストリーミング episode#51 10-FEETの出演回の映像が見られます!
http://www.mtvjapan.com/special/eco/eco-blog/archives/2008/03/episode51.html

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