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Vol.015バックパッキング入門


有限会社 市民空間きょうと 代表
山田章博さん
1959年大阪府生まれ、現在、京都市左京区吉田在住。
大学では建築デザインを学んだが、「個別の建物を設計し、デザインで自己主張すること」の意味に疑問を感じ、建築を離れ「都市設計/まちづくり」へと活動領域を移す。2000年頃から「市民参加」を重視する地域空間や景観のデザイン、イベントや組織づくりなど、ソフトへの指向を強くする。
1997年COP3に向けた「Green Map Kyoto」の制作にデザイナーとして参加、これをきっかけに、京のアジェンダ21フォーラムを通じて交通問題、特に自転車活用のプロジェクトを企画運営。遠隔地や大規模なプロジェクトへの参加機会が大幅に減った近年は、京都の都市空間や環境、歴史や文化をより深く感じとり、読み解くことを通じて生まれるコミュニティ形成や観光の新しいスタイル、またコミュニティラジオをはじめとする地域メディアデザインに関心を移している。
NPO法人京都コミュニティ放送・事務局長、歩いて暮らせるまちづくり推進会議・事務局(企画広報)。
○京都三条ラジオカフェ>>>
http://radiocafe.jp/

○歩いて暮らせるまちづくり推進会議>>>
http://www.arukura.net/

書名/
バックパッキング入門
著者/
芦沢一洋、小林泰彦、近藤辰郎

 私が通っていた高校には、春休みの恒例行事「100km徒歩」がありました。奈良県の近鉄・榛原駅を午後に出発し、桜井市(大神神社)を夕刻に、天理市(石上神宮)を深夜に通過し、翌朝には奈良公園へ。そのまま徹夜で柳生の里を歩いて午後遅くにJR関西本線の笠置駅にゴールする、約70kmの徹夜歩行イベントです。この行事は私が入学する少し前に始まりましたが、学校行事ではなく、生徒会と生徒有志が主催する自主イベントでした。
 小学生の頃から、歩いて、または自転車で、遠くまで行くのが好きだった私は、2年生になる春から、生徒会の役員でもないのに主催グループに加わり、週末ごとに「下見」と称して友人たちとコースを歩き、マップをつくり、イベントの企画・運営に深く関わるようになりました。
 その頃、半ば「バイブル」のようにしていたのが、この本です。今は手元にこの本はありません。たぶん、大阪(泉佐野市)の実家のどこかに眠っているのではないかと思います。
 1980年代半ば以降「バックパッカー」と言う言葉は、大きなザックを背負って世界をめぐる貧乏旅行者(特に若者)をさす言葉として定着し、我が国では「地球の歩き方」、海外では「Lonely Planet」が指南本として有名です。これらを代表として、多くのバックパッカー本は「どこを、どのように」歩くかを解説するガイドブック形式が一般的ですが、「バックパッキング入門」はこれらとは相当に異なる「思想」と「道具」の本でした。
 この本と出会うまで、私は理由のない衝動に突き動かされて、理由や目的を意識することなく歩いていたと思います。正直、その「無意識」の記憶すらありません。この本は、そのような私に「なぜ、歩くのか」「そのためには、どのような道具を使うことが正しいのか」など、歩くこととその意味を考えるきっかけを与えてくれた、と言う意味で、指南書以上のものでした。
 現在はあまり見かけませんが「フレームパック」という形式のバックパックがあります。アルミパイプの背負子とナイロンのバッグが別構造になっているものです。この本ではこれが特権的な地位におかれていました。20kgを超える荷物を担いで荒野を歩き、食事をつくり野営する1970年代のバックパッカー。この本で理想型とされている彼らにとって、自らの「身体」と背負う「荷物」の間には、ある種の「弁証法的」関係が設定されています。人体と荷物は異なる規範と構造を持ち、互いに負荷を掛け合いつつも、共存して、より効果的に長距離を踏破する伴侶でもある。そのためには身体と物体を適切に媒介する「道具(=フレーム/背負子)」が必要で、これがあることで、人体は荷物の持つゴツゴツした形状や硬さ(=肩や背中に感じる痛み、など)から解放されて、純粋に「質量(=重量)」を担うことができる。
 結局、高校生だった私には、あこがれのフレームパックを手に入れることはできませんでしたが、それからの私は、さまざまな道具を介して「環境」とコミュニケートすることに大きな喜びを感じるようになったように思います。それは自転車であり、フライロッド(西洋式毛針釣竿)であり、ヨット(西洋式帆走小型船舶)です。
 私にとって「エコ」とは、二酸化炭素濃度と気候変動などの「数値」の問題やその制御、そのための自己抑制や社会改良である前に、「環境とのコミュニケーション」です。生身の身体で、五感を活かして環境を感じることはできます。しかし、適切な道具を使うことで、大地の感触や起伏を、風の向きと強さ、海の波立ちと流れを、より一層明確に感じ取り、具体的な手段(ギアの選択やペダリング、帆の向きや形など)の選択を通じて、環境と的確に対話することで、環境の中で生きるに値する者となる。そんな現在の私の、環境との間の「スタンス」の基礎を、この本は教えてくれたように思います。
 それはまた、バックパッキングやアウトドアが、ある種のファッションになる前の時代の、懐かしい記憶でもあります。
 

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