ページの先頭です。本文を読み飛ばして、このサイトのメニューなどを読む

サイト内の現在位置です:

Vol.016複合汚染

複合汚染

自然派レストラン「びお亭」オーナー
吉田ミユキさん
「OKAIREN(おんな解放連絡会・京都)」「使い捨て時代を考える会」に所属。著書に『葉っぱにおいしい店へようこそ』(ブレーンセンター刊)がある。
書名/
複合汚染
著者/
有吉佐和子

 2012年12月12日に30年目を迎えるレストランとは名ばかりの小さな自然派の食堂を京都の街中で営んでいる。
 そもそも、そのような店を開くに至ったきっかけは、さらに10年遡ること40年近い前のことだ。
 結婚して間も無く、小家族の家事を始めた途端に指の指紋が消えた。表皮がパリパリに乾き、ヒビ割れから血が出てくるまでには時間がかからなかった。近くの皮膚科医の診断は「主婦湿疹」だと。今の時代は、こんな性差的名称はつけないだろうが、「しばらく台所仕事をしなければ良くなるでしょう」と、塗り薬を処方しておしまいだった。
 そんな時、1974年10月14日から朝日新聞の朝刊に有吉佐和子の『複合汚染』の連載が始まった。読み進むいうちに、私の手荒れは合成洗剤に由来していることは間違いないと確信した。思い立つとその気になりやすい私のこと、台所、洗濯、洗髪、歯磨き全てを石鹸製品に変えた。そして、指紋は徐々に戻り、今や、一日中水仕事をしているにも拘わらず、丈夫な手になってしまった。
 この出来事は、自分自身の暮らしを違う目差しで見始めることで、農薬や食品添加物に関心を持ち、一方根づき始めた日本のウーマンリブの端っこに繋がっていった。色々な集まりで外食をすることが多くなったものの、手頃な価格で安心して食べられる食堂がない。家では安全、外では添加物ではおかしくないか。その頃、女たちの集まりの中で何度か会っていたMさんが、同じ考えと知り、一緒に店を始めたのだった。残念ながら、身体上の理由で彼女は10年で辞めてしまったが、そのあと多くの個性豊かな女性たちと、心優しき男たちに支えられて、今がある。
 しかし、2011年3月の出来事で、陳腐な表現になるが、一時頭の中が真っ白になってしまった。放射能汚染の前で、無農薬、無添加、国産、天然、非遺伝子組み換えのものをと、意識してきたことがすべて吹っ飛んでしまったかのような気がしたからだ。約40年前の複合汚染以上の深刻な複合汚染の中で、これから私たちは生きていかなければならない。
 昔は戦争への道を止めることが出来なかった大人たちを責めたけれど、今度は結果的に原発を許した大人たちとして、私自身が問われているのだ。

京都と本とエコとわたしトップに戻る

ページの終端です。ページの先頭に戻る