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Vol.028日本その日その日

日本その日その日

自給農民
市川ジャンさん
1972年京都生まれ、京北町在住。
お山カフェの屋号で自給屋さんのお弁当や、イベント出店のカフェを移住した5年前からスタート。伝統農法をベースにした自給農法の無農薬・無肥料田畑5反(50a)を運営する。冬季には狩猟も開始。
現在、自給農法家・糸川勉さんの畑の小学校世話人。


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書名/
日本その日その日
著者/
E.S.モース


100年前の日本へ旅に出る。
この本はその準備のためのガイドブックだ。
ページをめくるとそこにはどこか懐かしいようで、まだ見ぬ世界が広がっている。全くの異文化に触れるような感覚。
 

僕は沸き上がる好奇心を満たしつつも、現代を生きる自分との距離の大きさに違和感を感じるようになる。自分の根っこ。
 

当時、伝統工芸の仕事についていた僕は、自分の中でこのギャップと自分の仕事との落としどころをついに見つけられず、思えば逃避に近いノリで田舎への引っ越しを決めた。今から10年以上前の話だ。
 

最初に引っ越した集落は全部で50軒ほどの谷間いの集落で、家には小さな畑があった。その小さな畑で人生初の家庭菜園が始まる。
 

古民家で古道具を集め、着物を着て井戸水を汲み、薪を割るてづくりの暮らし。そんな暮らしを6年ほど楽しみながら過ごした。昔のスタイルをまねることで少しでも昔の日本人に近づけると本気で考えていたのだと思う。
 

無農薬で家族の野菜を育てる人、山行きさん、わらじを編む人、炭を焼く人...。集落でそういった人たち(僕は彼らを「もとから日本人」と呼んでいた。ほとんどが高齢の方)に出会い、技術や知恵を教わるうちに、少しずつ自分の感じていた距離が縮まっていく気がした。
 

ちょっと立ち止まって目を向ければ、そんな暮らしを続けて来た人たちが今も生きている。日本にはまだそんな世界が細々とではあるけれど残っている。
 

「この世界はまだつながっているんだ」
この感覚は僕にとってものすごい救いになった。
 

杣師、猟師、百姓、野鍛治。
ありがたいことにこうした技術を持った「もとから日本人」の方との出会いは続いている。そして、同じように価値観を共有できる仲間との新しいつながりも。
 

時代は今、誰にも止められない程の勢いで猛烈に変化している。けれども、いつだって変わることのない営みというものがあるはずだ。それが残っている限り、僕らはまた思い出し、根を伸ばしていける。
 

きっと未来は取り戻せると思う。
 

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