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Vol.029生物の世界

生物の世界

農業
塩澤靖浩さん
1967年埼玉県入間市生まれ。30代なかばで農業を志し、埼玉県小川町の有機農家金子美登の農場に住み込みで1年間研修。その後、両親の故郷である福島県で就農、西郷村という阿武隈川源流域で約10年間有機農業を行う。2011年3.11以降、自分の農場での農業をやめていた。2014年3月京都市京北に移住。縁のあった地元の会社で仕事をしつつ、ぼちぼちと農業をはじめている。
書名/
生物の世界
著者/
今西錦司

 私の小さかった1970年代頃、「21世紀」という言葉が象徴する近未来は夢の世界であった。科学によって多くの問題が解決し、人々は皆快適な生活をしていると思っていた。人類は地球のみならず、スペースコロニーという巨大宇宙船を宇宙空間に浮かべ、そこでも多くの人間が地球と同じような快適な生活をしていると考えていた。科学技術によって人類は地球を飛び出してどこまでも発展するものだと思っていた。

  しかし、ふと気がつくと、もう21世紀も四半世紀に近づこうとしている。私もいつの間にか十分な中年になってしまった。ところで、実際に世の中はどうなっているのか。科学によって様々な問題は解決し、人造空間のなかで、空飛ぶ車や、友達のようなロボットや、なんでも食べたいものを人工的に作り出してくれる夢の機械は出来上がっているのだろうか。スペースコロニーによって人類がどんどん宇宙空間に飛び出す準備ができているのだろうか・・・

  現実の21世紀は、子供の頃思っていた世界と多くの点で異なった世界になっていると思う。特に、人類の無限の量的発展という考え方よりも、地球の中で持続可能な生活を続けていく、結局人類はそのような存在であるとなんとなくわかってきたような気がする。人間だけがこの世界で好き勝手なことをするのではなく、他の生物と共存しなければ生きていけない、普通に「生物多様性」ということを皆が考える未来社会になってきたと思う。

  今西錦司氏の『生物の世界』を読むと、こう書いてある。地球とは、ある意味豪華客船であり、しかし、それらは本来一つのものから分化している。地球自身の成長過程において、そのある部分は船の材料となり、船となっていった。残りの部分はその船に乗る船客となっていった。無生物、生物、あるいは植物、動物も結局もとをただせばみな同じ一つのものに由来するものであり、この地球という世界を構成しているものがお互いに何らかの関係で結ばれている。そして、生物の世界とは、不平等な地球環境のなかで、棲み分けをするなどして、お互いの平衡を保ち、互いに相補的な複合的な社会を構成する「共同体」である、という。また、環境すら本来生物とともにもと一つのものから生成発展してきたこの世界の一部分であり、生物とその生活の場としての環境とを一つにしたようなものが、それがほんとうの具体的な生物なのである、ともいう。 

  戦時中に、今西氏が、遺書のつもりで書いたこの生物学の本らしからぬ本書は、近代における科学技術万能と思いこんだ人類の方向性に対して、予言のように違う方向性を示していたものだと思う。

  はたして、人類はほんとうにこの「生物の世界」としての地球に住み続けることができるのか。地球生物の歴史の中で、初めて唯一種のみでこの地球を覆い尽くし、宇宙にまで飛び出そうと考えていた人類のベクトルは、生物共同体のなかにまた落ち着くことができるのか。その重要な未来の選択肢を選びとる役目を担っているのは、今地球に生きている我々世代なのかもしれない。

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