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Vol.030風の歌を聴け

風の歌を聴け

株式会社坂ノ途中
小野邦彦さん
1983年奈良県生まれ。京都大学総合人間学部では文化人類学を専攻。外資系金融機関での「修行期間」を経て、2009年、株式会社坂ノ途中を設立。「未来からの前借り、やめましょう」というメッセージを掲げ、農薬や化学肥料不使用で栽培された農産物の販売や育成機能をもつ自社農場の運営を通して、環境負荷の小さい農業を実践する農業者を支えている。東アフリカでの契約栽培や有機農業の普及活動にも取り組み、2013年には現地法人Saka no Tochu East Africaを設立した。


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書名/
風の歌を聴け
著者/
村上春樹

 誰かがどこか遠くへ行き、何かを成し遂げたり何かを見出したりして凱旋する。神話から漫画までよく登場する、冒険譚の定番構造だ。僕自身、あちこちをふらふらと旅行して、環境負荷の小さい生き方を広げるようなことを自分の仕事にしようと曖昧ながら見定め、なじみの京都に戻ってきて起業した。

  村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」は、この構造の裏返しで作られている。大学生の主人公が、たいして愛着があるわけでもない地元に夏休みに帰省し淡々と日々は流れ、結局ちょっとした喪失感だけをもって東京に戻る。何も見出さないし何も変わらない。「結局僕たちってどこにも行けないんじゃないの?」そんな行き止まり感がずっとつきまとう。夏休みの18日間を描いただけの、短い作品だ。村上春樹自身はこの作品をそれほど気に入ってはいないようだけれど、僕はとても好きだ。18歳の時に初めて読んで以来、繰り返し読んでいるし、すぐに人にあげちゃうので、かれこれ何度も買い直している。


  僕は、小さなころから「遠くに行きたい願望」が強くある子供だった。高校を卒業してからあちこちに出かけた。チベットの大草原を移動しているときだったり、パキスタン北部で氷河を見たときだったり、あるいは中国で肉汁溢れる包子を食べたときだったりグルジアでもらったチーズが感動的に美味しかった時に、少しずつ僕は、環境への負担の小さい、自然への畏怖や憧れをもち続けるような生き方を提案することを自分の仕事にしようと思うようになっていった(話が繋がっていないように思われるかもしれないけれど、本当なんだから仕方がない。大体において人間の意思決定プロセスなんて説明しづらいものだ)。 


  振り返ってみれば、ふらふらと旅行していた日々は、僕にとってとても実り多いものだった。自分の生き方の大きな指針のようなものになっていると思う。それで、この日々を実り多いものにできた理由の一つが、「風の歌を聴け」が僕に示した、「結局僕たちってどこにも行けないんじゃないの?」という問いが胸に引っかかり続けていたことだと思うのだ。シニカルな問いを持ち続け、それでもどこかにたどり着きたいと思っていた。好奇心に焦燥感を同居させていたことで、ただ目の前の風景や出会いに感動して満足して帰国して、やがて日本の日常に埋没して、あのころは楽しかったなぁと振り返って…というよくあるパターンに陥ることを回避できたと思っている。


  あたりまえだけど、ただ遠くに行っただけでは人は変わらない、比喩的には「どこにも行けない」。そのことに自覚的であることは、遠くに行くことの価値を上げてくれる。村上春樹はそんなことは全く意図せず小説を書いただろうけれど、僕にとっては大切な気づきを得るきっかけとなった。
 

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