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Vol.004「非まじめ」のすすめ

「非まじめ」のすすめ

オーガナイザー/大工/通訳、翻訳家
和 空美薬/Kazimierex Kailash Dixit Kubiakさん
西洋と東洋の両極、米国人の父と印度人の母の間からインドにて生まれ、7歳から京都に根を張る。幼少期から草の根政治活動を行なう親から多大な影響を受け、活動家の心を養う一方、鞍馬山の山奥にて、日本人の心を叩き込まれ、義理、人情を養い、八百万の神に尊厳と感謝を抱く様になる。
高校卒業後、Club Metroに所属。傍ら、宮大工の見習いを始める。
現在は、世界中を旅した経験を元に、Club Metroで『Rebeldom』なるメッセージ性の高いイベントを主催。また持続可能な社会形成を行なえる人材を育成する『尊芯塾』の塾長として全力を掛けて取り組んでいる。

●Club Metro公式ページ>>http://www.metro.ne.jp/

●尊芯塾ブログページ>>http://sonshinjyuku.blogspot.com/
書名/
「非まじめ」のすすめ
著者/
森政弘

  初めてこの本と巡り会ったのは、1999年、高校卒業旅行でのカンボジアのシェムリアップでした。日本語の本が山積みになっている事から推測し得た、多くの日本人旅行者が流れ着いたのであろう、安宿の本棚の中に、一際目を惹き付けるこの題名の本を見付けました。内容は、禅の思想から、著者の専門分野であるロボット工学迄多岐に渡りますが、要は、観点の柔軟性を持つ事の大事さが説かれていました。また、今でも色濃く脳裏に焼き付いた言葉に、『動物の中で人間だけが、未来や過去の心配をして、今を無駄にしている』、というものがありました。


 この頃から、この本の影響と、当時建立に携わっていた禅堂の関係で、禅思想に傾倒していた私は、『今』、この『瞬間』が持つ意味を深く考える様になっていました。すると、必然的に流れ着いた先は、人間圏を取り囲む自然界になっていったのです。常に、流動性を内包しながらも、循環を繰り返す、水、土、風、動植物等の森羅万象が、最も如実に刹那を表現しているのだと気付いたのです。そして、更には、人間の場合、この一瞬の集合体が、各々の人生を形作っているのだと。ここで重要なのは、人間は、他の動植物と同様に、生まれるからには、死を迎えます。勿論、自然界に話しを戻せば、それは、エネルギーと物質の循環の面で永遠なのですが、個体にとっては、有限なのです。有限である以上、いつ、どの時が己の最後かは、分かりません。それが観えた時に、時間の捉え方、活かし方で、私の中に激変が引き起こされました。それは、絶える事のない、『瞬間』への尊厳と感謝の気持ちに他ならなかったのです。
 

  2001年に京都に戻った私は、日本の精神的支柱である古都に、限りない可能性を見出し、さて、己の時間をこの場で、どう活かそうかと想いを馳せました。最初に着目したのは、生活の根源を支える『衣食住』でした。1200年以上もの間、この地の民を支えた環境と智慧は、いったい如何なるものかという興味が沸々と湧きました。そこで、私が意を決して飛び込んだのは、宮大工の見習いという、目眩がする程の深い世界でした。木、材木との付き合い方、道具の手入れ、そして何よりも、先人達の驚嘆すべき智慧に、心底から畏怖の念を感じました。代々、『瞬間』を繋げてきたのは、全身全霊で自然界と接して来られた人々の為せる業なのだと、肚の奥底で理解したのです。


 現在、余りに多くの人々が、便利さに翻弄され、自然とかけ離れた生活をしているのを観ていますと、人類の時間の終焉も近いと想ってしまうことが多々あります。エコという言葉も、営利目的を念頭におく大企業の専売特許に成り下がった昨今、目を向けるべきは、一人一人を造り上げる『瞬間』なのではないかと想います。即ち、人と人、人と自然への関わりに、尊厳と感謝を抱き、己の良き『瞬間』を次世代に繋げる為には何が大事なのかを内省する余裕が生まれる事に尽きると想う次第です。結局のところ、私達人間はいかされている存在でしかないのですから。
 

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