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Vol.007聖なる予言

聖なる予言

HIRONOdesign.(デザイン事務所)
弘野みさとさん
京都・山科に誕生する。幼少の頃から習っていた絵と、漫画により現実逃避的な幼少時代を過ごしたことによって、一体自分以外の他人が何を考えているのか空想するようになる。人と自分の違いについて頭を悩ませた末、もんもんとした日々を脱却しようと、デザイン事務所を退職した2006年より、7ヶ月間のアジア旅行に旅立つ。タイ、カンボジア、中国、チベット、ネパールへの旅、そして京都にある10日間誰とも話さないというヴィパッサナー瞑想との出会いにより、自分自身が成長するという事が人生を変えるという秘訣を知る。全ての悩みは自分から産み出されていると言う事にようやく気付いたのだった。現在は、デザイン事務所を経営する傍ら、滋賀県朽木で行われている『山水人http://yamauto.jp/』に、広報やデザインその他もろもろで深く関わり、素晴らしい人との出会いの中で、日々成長中。

●HIRONOdesign HP>>http://www.misatohirono.com/
書名/
聖なる予言
著者/
ジェームズ・レッドフィールド

私がエコロジーを意識し出したのはいつ頃だっただろうか。

異常気象の影響か、京都議定書の影響か、このエコブームにのって地道にコンビニのビニール袋を断ったり、なるだけ水筒を持ち歩くようになったりはしたが、結局は根本的に変わらなければ、何も変わらないと思うのは私だけだろうか。目に見える物質だけを追い求めるのではなく、私たちはもっと精神的に成長しなければならないのではないだろうか。

3年程前に行った約7ヶ月間のアジア旅行での土の道や、壮大な自然を思い出していると、そう言えば日本に居ると土を踏まない日々が多い事に気付く。最後に自然を意識したのはいつだっただろう。コンクリートの地面や建物に囲まれた生活。パソコンの前で人と会話し、便利で快適だと思うこの世界の中で私たちは自然と遠く離れてしまった。そしていつの間にか、それが普通になってしまった。

この地球上に植物がないともちろん酸素や野菜は無くなってしまうし、さまざまなエネルギーは自然から採取されたものだ。私たちは自然がないと生きていけない。しかし日本の都市にいると、その事実さえも意識しなくなってしまう。地球規模で考えれば、私たちの人生なんてほんの一瞬じゃないかと、結局は今さえ良ければいいのだと、土地は開拓され森林は伐採される。しかしそれはいつまで続くのだろう。私たちの世代からその次の世代まで。どこまで続けば気付くのだろうか。家族で行く海水浴や、川遊び。登山や、サーフィンやキャンプ。誰でも自然の中で遊ぶ楽しさを知っているはずだ。どうして自然がこんなにも懐かしく暖かいのか、自然は生き物であるというよりも、私たちは本来自然であった。植物になるか、動物になるか、そのたった2つの選択のどちらかによって私たちは人間になったのだ。私たちや、また次のその次の世代が"人は自然無しでは行きていけない"という根本をすっかり忘れてしまってはいけないのだ。

『聖なる予言』は、精神的な成長の流れを物語風に書かれた本だ。ベストセラーにもなったので、ご存知の方も多いかと思う。限りなく精神的な世界は、まるでファンタジーの世界のように非現実的に捉えられがちだが、それは全くの絵空事ではなく、実際に共感できる部分も沢山あることに気付くだろう。私が随分昔に出会ったこの本で未だに共感できるのは、"私たちは自然からエネルギーを得る事が出来る"という部分である。自然に良い意識を向けるだけで私たちは自然にエネルギーを与え、同様に得る事が出来る。それは自然に対してだけでもなく人に対しても同じだ。

人間が無意識だけですまされる時代は随分昔に終わっている。当たり前で永遠に続くものというものはないのだということを知らなければならない。日頃の忙しい生活の中でつい忘れてしまいがちになるが、だからこそ今新ためて意識することが重要なのではないだろうか。何が本当に大切なのかを改めて感じること。

地球上の全てのものは私と同じ物質で出来ている。私たちの根本でもある自然の大切さ、そしてそれと同じくらい自分や人を大切にすること。それは自分を取り囲む些細な出来事に感謝することだ。

私にとってエコロジカルな運動とは、ただあらゆるものの存在に感謝する事だ。そうする事で私はブレないようになる。そして今何をすべきかじんわりと見えてくる気がするのだ。

 

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