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Vol.008凍れる河


ひのでやエコライフ研究所 職員
大関はるかさん
1979年リビア、トリポリ生まれ。栃木県宇都宮市育ち。18歳の時に長崎大学環境科学部の1期生となる。在学中に休学をして、デンマークのフォルケホイスコーレへ。
学生時代に環境問題に関心のある若者によるNGOエコ・リーグで活動していた縁で2003年より京都のひのでやエコライフ研究所に。
プライベイトで様々なイベントを主催する。犬と下駄と子どもが好き。笑うこと、食べもの、共有すること、違うことが大事だと思っている
書名/
凍れる河
著者/
オリヴィエ・フェルミ

   『凍れる河』を初めて手にしたのは、父に「この本は読んだ方がいいですよ」と薦められてのことでした。10代の反抗期の中ではあったけれど、薦められるままに読み、ベッドの中で声をあげてワンワン泣いたのを思い出します。当時(90年代半ば)私の地元では「ごみ問題ごみ発電を考える会」という住民運動が起きており、私の実家にはたくさんの環境問題などに関する資料があり、レイチェル・カーソンの『センスオブワンダー』や『ダイオキシンの降った町』など10代の私を大きく揺さぶった本は他にもありました。

   『凍れる河』は、幼い兄妹が、氷と雪に閉ざされた小さな村を出て、零下30℃、150kmの道のりを二週間かけて歩き通す命がけの旅を描いています。インドの最北部ジャンムー・カシュミール州にあるザンスカール谷あいの村人の暮らしは、「生きる」ことの本質や、「豊かないのち」などを教えてくれたように思います。唐突で大げさに聞こえるかもしれませんが、この頃から、私にとって環境問題を考えることは、いのちのこと、生きることを考えることで、それは今も変わりません。

   私は現在、仕事柄子どもたちや主婦の方などに対し、「エコについて、おうちの人とも話してみてくださいね」と言ったり、「暖房時にエアコンを使う方が、電気ストーブを使うよりもエコなんです」と言ったりします。でも、とても正直に打ち明ければ、いつもどこかで「エコってなんだ?」と思っているのです。メディアで氾濫している言葉だし、それが社会の流れでもあるので、「エコ」と言うと伝わりやすく、便利なのですが・・・。同じ様に「環境にやさしい」というフレーズにも、毎度ひっかかってしまうのです。

 私には、人と一緒に大笑いすることと、無農薬のお野菜を選ぶこと、こどもたちや犬、猫と戯れることと、原子力発電に依存したくないこと、外国の人や知らない人といろいろ話し合うことと、MY箸を持ち歩くこと、音楽や踊ることを楽しむことと、地球温暖化を止めるための仕事、深く呼吸できることと、森に行くこと、みんなで何かを作ること、生みだすこと・・・などがどうしても同じことのように感じているのです。同じことと言い切るには語弊があると思いますが、〈ひとつのこととして〉つながっている実感があるのです。ですから、「何円得するために(節約のために)エコをする」というのは、それはそれで大事なことだと思いますが、そういう時の「エコ」は、エコロジーよりもエコノミーの要素が強いのではないか。と思うのです。

 今、私たちが環境問題を解決していくためには、エコロジーの本来の意味を問い直し、獲得していくことが重要なのではないかと思っています。

 最後に、私にとってエコロジーの意味を考えるヒントになっているサティシュ・クマールの言葉を紹介したいと思います。
 Ecology(エコロジー) と Economy(エコノミー) の語源の話です。
ギリシャ語で Ecoとはオイコス HOME のことだそうです。私たちにとってのHOMEは、地球だと言えますが、彼は「HOME とは、the place for relationship 」と、言っていました。そして、logyとはロゴス logic, knowledge(知識、知ること)
 だから、Ecologyというのは、knowledge of Home 家(地球)を知るということ
一方Economyは、ギリシャ語でEcoは同じくオイコス HOME
nomyはノモス management 管理すること
彼は、「家を管理することは、家を知ることなしにはできないでしょ。だから、経済と環境は、コインの両面のような関係なんだ」と言っていました。

サティシュ・クマール(インド生まれ、9歳でジャイナ教の修行僧となる。後に仏教とヒンズー哲学を研究する。雑誌「リサージェンス」の編集長を務める傍ら、シューマッハー・カレッジを創立する。『君あり、故に我あり--依存の宣言』の著者)
 

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