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Vol.009旅をする木

旅をする木

野乃(のの)と嬉々(きき)のおかあさん
川手 真理子さん
広島生まれ京都市在住の33歳。家族は、娘二人(六歳と三歳)と夫、カメ二匹。季節により生き物の居候多し。中学のときから環境問題に興味を持ち、環境系の専門学校を経て山梨県清里で環境教育の仕事に就く。環境教育の仕事の原点は、広島での『地球派塾』という、まちの親子が田舎の集落で地域の自然や知恵あるじいちゃんばあちゃんに学ぶ親子自然体験塾の経験。生き方の原点は、結婚後5年暮らした神奈川県藤野町篠原での里山暮らし。現在は、育児と育自をしながら、これからを模索中。
書名/
旅をする木
著者/
星野道夫

 『旅をする木』に出会ったのは1996年、18歳の時だった。のちに働くことになる山梨県清里の(財)キープ協会で、自然案内人養成講座に参加して出会ったその道の先輩が紹介してくれた一冊だった。寒い寒い清里から広島に帰ってすぐに本屋へ行き、家に帰る時間も待てず、公園のベンチでひたすら読みふけたのを思い出す。
 この本はアラスカの動物や風景、人の暮らしを撮る写真家・星野道夫さんのエッセイ。当時の私は、星野さんのことは知らなかった。その年の夏に星野さんがヒグマの事故で亡くなったということも。
 私は専門学校の1年生。地球環境学部環境保全学科というたいそうな学部で、地球にかじりつく勢いでなんでもかんでも吸収しようとしていた。たぶん「地球はわたしがなんとかする!」くらいに思っていた。いや、たぶんじゃなく思いっきりそう思っていた。養成講座に行けたのも「小論文の審査に通り選ばれたんだ」という妙に高揚した気持ちがあったし、経験豊富な大人に混じって親子自然体験塾のスタッフをさせてもらっていたことにもハナタッカダカな気持ちがあった。そんな時期にこの本と出会った。
 ページをめくると、星野さんのまっすぐで透き通っていて温かいそのまなざしを通して、見たもの、感じたものが素直な文章で書かれていて、深く深く深呼吸したくなるような世界がそこにあった。私が思い浮かべる荒涼としてだだっぴろく、どこか荒々しいアラスカは、星野さんの目と感性を通すと、なんとも美しく親しみがあり、地球が人間だけのもののようになってしまう前の風景があるところだと感じた。厳しい自然の中で、人も草木もグリズリーもめいっぱい工夫して生きる。そして、人も草木もグリズリーもその厳しさに負けることがある、みな平等に。その弱さ、儚さに星野さんは惹かれるという。
 自分はまだまだだった。小さかった。親元をやっと飛び立とうとしていた巣立ち前のことだった。
 一気に本を読み終えると、日が傾いていた。
 それまで全身を包んでいた「私が!」という思いはとろとろに溶けて流れていった。促成栽培のような自信でパンパンに膨れていた私は、静かに原寸大にと落ち着いた。そして「やれるだけやろう」と思った。
 あれから14年。仕事、結婚、子育て、それぞれのステージの中で時折、この本を読む。原寸大の私を取り戻すため?いや、目的なんかない。でも読むと前を向ける気がするのだ。
 最後に星野さんの言葉を紹介したい。
『短い一生のなかで心惹かれることに多くは出合わない。もしみつけたら、大切に…大切に…』
 

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